あれ?

ショウシャ

ため池

実家のすぐそばには比較的大きなため池があった。湧水をせき止めて出来たものらしい。春にはため池のまわりで満開になった桜が水面に浮かび、冬には気温が池を凍らせた。水面は大きく空と木々を映す。まれにカモの群れがきては遊びながら泳ぎいつのまにか消える。水面下では名前も知らない魚が泳いでいて、人知れず跳ねては静かに波紋を広げていた。その魚のために釣り糸を垂らしに来る人も思いの外いた。そういう池があった。

実家は森の中にあったので、家から出て森を歩き抜けるとため池が現れる。それまで暗かった道が急に明るくなるポイントである。静かで好きだった。
 
何年も前だが、ある日車でため池のそばを通ると、キープアウトの黄色いテープとパトカー数台、警察数人と青いレジャーシートがみえた。
 
人が死んだらしい。男の人がひとり、ため池の中から見つかったらしい。父親からのちにその話を聞いた。
自殺なのか死体遺棄なのか、事件だったのか事故だったのか誰が見つけたのかそんなことは特に聞かなかったし今も知らないのだが、とにかく死体はそこにあったし、1週間ほどため池にはキープアウトテープが貼られ続けた。
 
当時それはそれは驚いたものだった。自分の身近でこんなことが起こるなんて想像もしていない。しかもこんな田舎で。
そばを通る時はびくびくした。男の幽霊が立っていたりしたらどうしよう…
 
 
1週間経った。キープアウトテープはもう剥がされていたし警察も来ない。
1週間ぶりにため池のそばにもっと近づいてみると、驚くほど何も変わっていなかった。たまに魚が跳ねる。鳥の声が一定のリズムで聴こえる。鎖で繋がれた、もうボロボロな救命用の浮き輪がとても役目を果たしそうにないままそれでも浮かんでいる。
 
 
ここはその内またカモの群れがきて、釣り人がきて、桜が咲いては水面に花びらを落とす。よく晴れた日はよく水面が光る。
到底死体があった場所には見えない。
 
 
顔もわからん人の死はさっさと生活の奥に沈んでしまって大きな印象も残さない。
 
私は悲しむことも怖がることも出来ない、しようがなかった。
 
 
死ぬことそのものはあまり大きなイベントではないらしい。
急に大きな異物が水中に飛び込んできた瞬間を、魚だけは覚えているかもしれない。
 
 
相変わらず池は静か。