飛行エリマキ
猫が夜に何をするのかって全く知らなくて、こんなカラカラの頭じゃあまあ想像も及ぶことはないんで金輪際考えないようにしようと思う。
エリマキトカゲはあのマキのエリで高く空中を飛ぶもんだとおれは大人になってからも信じ続けてたけど、近所のコンビニの飯を制覇したあたりでそんな自分がバカらしくなった。エリマキトカゲなんぞ誰も覚えてない。おれのロマンはおれの中で全て解決し 他人に行き渡る前に死ぬ。
子供の頃、図工の時間はいつもイライラしていた。汗がじんわり体中からでながらひたすらダンボール紙にクレヨンで秋の芋掘りの絵を描き続けた。おれは芋掘りなんか好きじゃない。俺にとって価値はない。そんなことを言ったら担任は変な顔をして、季節の行事を体験するのは大事なことなのよと言った。小豆を箸で別の器に移すゲームをしてたグラビアアイドルと同じ顔だった。
大学時代、美術がすごく好きだという女がいた。マティスの絵に興奮を覚えるとか言っていたがおれは、それは本当にすごいことだと思った。おれはその女に「なんでそんなに好きなんだ」と聞いた。そいつは「わかんないけど好きだから好きなんだよ〜」と言った。おれはそんな風に好きになったものなんかひとつもないんだがそういうおれを可哀想に思うか?
女は引きつった頬を隠さずに いや〜…と言って足早に去った。
おれはそれから出来合いの飯を好きになったり嫌いになったり、適当なアプリを入れたり消したりしながらのらくら生きてきた。
毎日が仕様もないのでおれはいつも絶望を考える。くすんだカーテンを閉め切り電気も付けずに玄関に倒れこむ。既に150回以上スカイツリーから飛び降りている。考えることで今を希望であると思い込む。まだなんとか生きられる。生きていける。
頬にクロックスが冷やりと当たるまま眠る。
夢の中でおれは空飛ぶエリマキトカゲとして地球上空を旋回する。砂漠は踏まない。踏まないように、飛んでいる。
雑記
しばらく息を潜めていた雪が思い出したかのようにごうごう降り始めたがバイトがあるので外へ出る。
全然来なかった路面電車に乗り込んで窓の外を見る。こんなに雪が降っていても、自転車を漕げる人がいる。こんなに雪が降っていても、ミスドに行く人がいる。路面電車の速度に合わせて流れていくミスタードーナッツ、アメリカにはもう1店舗しかないんだって、こんな雪の降る田舎で愛されてよかったね。
ミスドの鎧塚シェフプロデュースのドーナツは美味しいのか気になるが、よく考えたら美味しいドーナツってなんなんだ。ドーナツが美味しいって、なに?というか、美味しいってなに?美味しいの意味がわからなくなってしまった、ところでバイト先へ着く。バイトはそんなに嫌いではない。優しい先輩がいっぱいだから。お土産とかくれるから。
バイトは大分慣れてきて、信頼される部分が少しずつ増えてきた、が、わたしは人と協働して何か事を為すことができるということを信じていない、ということがなんとなく自覚できるようになってしまい、なんともごめんなさい、と心で唱えるに終わる。
バイトは美味そうなメシを運ぶ仕事です。
バイトが無事に終わり窓から外を見ると雪は止んでいたので、歩いて帰る。雪は雑音を吸着するので夜がより静かになり歩きがいがある。
魚屋が家の近くにあって、朝早くからこんな時間まで電気をつけて何かをしている。夜に魚を捌くのは未開の地の儀式のようだ。でもわたしは最近までここをずっと豆腐屋だと思ってた、ごめんな。
自販機でオレンジジュースを買おうとしたら10円の釣り銭がないから、と自販機に断られる。仕事をしろと 呟く。
無事に出かけて無事に帰る。部屋は寒いけど動けないことはない。
その時は誰かが死んだニュースなどがやっていて、非常に突然のことだったらしく、悲しむ声がよく聞こえた。誰が悲しんでいたのかはわからない。キツく結んでいた髪を解くとヘアピンが頭からするっと抜け落ちてしまったのでかがんで拾う。
もう一度目を向ければテレビが語っているのは今年の寒波の威力の大きさ。
ラーメンを食べる。
ため池
実家のすぐそばには比較的大きなため池があった。湧水をせき止めて出来たものらしい。春にはため池のまわりで満開になった桜が水面に浮かび、冬には気温が池を凍らせた。水面は大きく空と木々を映す。まれにカモの群れがきては遊びながら泳ぎいつのまにか消える。水面下では名前も知らない魚が泳いでいて、人知れず跳ねては静かに波紋を広げていた。その魚のために釣り糸を垂らしに来る人も思いの外いた。そういう池があった。
■
「店長ぉ〜」
「はい?」
「これ間違ってますよ、ソースがソールになってます」
「え?なに?………本当だ…誤植だ誤植…よく気づいたね」
「気づくんで私」
「何スカ?何の話スカ?」
「メニューの打ち間違い、店長のミス」
「ミスって言わないでよ…ミスだけど…」
「あ〜〜ホントだ。ソールて。やば〜」
「やばくはないでしょ、やめてよ2人して」
「私が気づいてよかったですね〜」
「あ、これもミスってるっすよ。ポアレじゃなくてポワレっしょ店長。」
「え?…」
「いや、それは別にいいでしょ」
「え?いいってなに?間違いじゃないんすか?」
「うん、これは表記の違いっていうか、読みによるっていうか。」
「ヨミニヨル?何?」
「だからあれだよ、ディズニーっていう人とデズニーっていう人がいるってこと」
「あーナルホドすね〜〜」
「いや…それ多分ちがうよ」
父親
父親があまり好きではない。思春期の領域ではない。別にパンツは一緒に洗濯されても構わない。ただ父親があまり好きではない。
ひびきちゃん
ひびきちゃんは私の親友だった。親友だった?親友だった、保育園の頃の話だが。
もう私というのはひびきちゃんが大好きで大好きで、ひびきちゃんが来ない日の保育園は何の意味もないと子供ながらに思っていた。私の誕生日に1月と1日を足せばひびきちゃんの誕生日になる、これは運命だと興奮したこともあった。
小学校は別々になったが、それでも私はひびきちゃんが好きだった。初めての夏休み、私はひびきちゃんに会いたかったから、ひびきちゃんの家に電話をかけた。もしもし、ひびきちゃんいますか、いっしょにあそびたいんですけど。ひびきちゃんの母親が出て、ひびきは今日ダメなのよ〜って言ったかな。ああ…そうなんですか… しょぼん となった私がいた。
今ではおよそ考えられないのだが(自分にその熱量があることが)、私はその後夏休みが終わるまで毎日電話をかけ続けた。へこたれなかった。私はなんとしてもひびきちゃんに会いたかったのだ。
でも会えなかった。
いつもひびきちゃんの母親が出てひびきはダメだと断るばかりだった。夏休み最後の日、つまりはひびきちゃんに電話をかけた最後の日、ついに私は泣いてしまった。泣き出した私を母親が抱きしめた。
私はひびきちゃんにプレゼントがあげたかったのだ。なんで用意したのかわからないけど、シナモロールのポーチを母親に買ってもらったのだ。ひびきちゃん用に。当時我が家はそんなに裕福じゃなかったはずだけど、私の気持ちを汲んでくれたのだろうか。私はひびきちゃんにプレゼントを渡して、ひびきちゃんが喜んでくれる顔をずっと想像してたのだ。
でもそれは全部起きることはなかった。母親が、これはお母さんがひびきちゃんの家に届けてくるよと言った。うん…と言って私は電話を手から離した。
その後私はさっぱりひびきちゃんを忘れた。別に怒ってない。嫌いじゃない。でも忘れたのだ。二度目の夏休みが来ても、もう私はひびきちゃんの家に電話をかけなかった。ひびきちゃんを思い起こすことがなかった。確かそのあと一度お祭りで会ったけど、懐かしい気持ち以外に(子供が懐かしい気持ち持つのも嫌な話だが)湧き上がるものもなく、会話もあまりしなかった。
その後ひびきちゃんは私の地元では結構頭の良い中学を受験して合格したと聞いた。ふ〜ん。それで今現在何をしてるのか、全く知らない。知る気も別に、起きていない。
まあ保育園の頃の繋がりなんて誰しもそんなものなんだろうが、私は本当に大好きだったのだ、子供の頃としては。でもそんなの、すぐ忘れちゃうんですね。あんなに仲良しだったのに。本当は仲良しじゃなかったのかな?実際の部分は思い出せない。
今彼女に会ったとしても、懐かしさすらも湧かないだろう。
ちなみに最近母親に言われたのだが、結構ひびきちゃんの母親は意地悪だったらしい。間違った情報を押しつけてきたり、キツい発言をしたり。ふ〜ん。知らなかったなあ。
ひびきちゃんと会えなかった夏休みの後のとある夜、ひびきちゃん家がやっていたお店の前を車で通った。ひびきちゃんの住む町にはさびれた商店街があって、ひびきちゃんの両親はそこにお店を出していた。
ひびきちゃんちね、もんじゃ屋さんやってたんだよ、もう潰れちゃったんだけどね。と母親が言う。
ふ〜ん。オレンジの外灯に照らされてお店の黒い屋根が見えた。大きな文字で店名が書いてあった。そうなんだ、つぶれちゃったんだ。
車は特に止まることもなくひびきちゃんちの店を過ぎ去った。私はひびきちゃんの店からさっさと目線を外し前を向いて、暗いだけの道を見つめた。
私はもんじゃを食べたことがないし、潰れるの意味もよく知らない。
寝ることにした。
■
「じゃ…花屋で花買って…いややな 花買うん 恥ずかしいわ」
「んん!?ふぁんふぇ!?」
「いや…私花屋で1人で花買うたことないねん」
「え、全然大丈夫やよ おばあちゃんしかおらんで花屋なんて」
この現在地ってあてになりますかね
「甘いもの食べたくな~い?プリンとか~♡」
「プリンは重いよ~」
「い~いじゃんその後、champagne 飲もーー♡」
あと500メーターラスト500メーター、頑張ろう
温泉のおじいちゃんが言ってた