あれ?

ショウシャ

いつか私の山椒魚

いつか私は山椒魚を借りた。井伏鱒二の、文庫版の。

 

高校に入って数ヶ月経って、クラスメイトと談話ができるようになった頃。

放課後になってそれを読んで、机の上に置いたまま私は席を離れた。教室から少し離れた廊下で誰かに会って、笑える話をした。

 

戻ってきた。教室には誰もいなくなっていた。帰り支度をしに席に戻る。

 

私の山椒魚がひっくり返っている。

表紙を上に向けて席を離れたのに、今は裏表紙が上向きになり乱雑に置かれている。

ああ誰か、見たんだ。この本どんな本なんだって、裏のあらすじが見たいって、触ったんだ。

 

大きく開けられた窓から風が入り くすんだクリーム色になったカーテンはバサバサ言う。グラウンドの音と、楽器の金属の音がかすかに同時に聞こえてくる。

 

私は部活に入らなかった。だから私は帰りは1人になる。今、私は部外者だ。学校にいるのに。いるけど。

 

ひっくり返された山椒魚だけは私を部外者とは言わない。山椒魚をひっくり返した人はなんて言うだろうか?ひっくり返したのは誰なんだろうか?

大きく気持ちが盛り上がったけど、もう期限だから返しに行かなくちゃならない。あのキツネ目の感じの悪い図書の女に山椒魚を渡さなくてはならない。

 

辟易しながら本を掴み図書室を目指した。

思い出の中で顔のわからない誰かがずっと、山椒魚の裏表紙を読んでいる。