ふたりの社窓から
「一人でいるのは寂しいじゃないですか?」
「うん?うん。」
「だからわたしね、最近は家に帰れないんですよ。」
「えっ?帰ってないの?」
「うん、あのね、足が帰路につかないんですよ。そうしようとすると、フラフラ、ガクガク、しちゃうんですよ。」
「それは…ヤバいんじゃないの?」
「まあ、いまのは嘘なんですけど。家に帰りたくないのはほんとです。」
「はっ?嘘なの?なんでそんな何にもならない嘘つくの?」
「楽しいからです。」
「ああ…」
「ふっ、でもね、本当に帰らない日もあって、そういう時ってわたし、サイゼリヤの窓際の席でぶどうスカッシュ飲んで飲んで、MISIAとか聴いて、車とネオンと人間が波打ってるのを見てるんですけどね、そういう日って、誰しもあるし、あるべきだと思うんですよ。」
「そういう日?」
「うーん、なんていうか、世界を遠く感じる日です。」
「ああ…うん、なんとなく伝わる。」
「それがないと、」
「それがないと、」
「あ」
「あれ?わたしがいうことがわかりました?」
「うんと…それがないと、自分が消えちゃうから、いつか。じゃない?」
「うう〜〜ん、それがないと、わたしは日々を愛せない、がわたしの正解かな。」
「愛せない…」
「愛せないっていうのもちょっと違うんですけどね、わたしバカだから、言葉が探し出せないです。」
「…」
「わたしはね、パソコンのキーボードを叩くだけの昼間とか、中国人のしてるイヤホンから音漏れがする電車とか、酔っぱらった女の人と男の人が頑張って歩く横断歩道とか、そういうものを大事にしたいし、慈しみたいんです。 でも、わからなくなってしまうから。あんまり溢れてるものだから。だから、そんな日がないと、だめだとおもうんです。」
「…君は優しいなあ。」
「だからね、」
「うん?」
「一緒にごはん、食べにいきましょ。」