夏の窓から風は吹く
「いつか覚えてないけど」
「ん?」
「ドラマを観たの、少しだけ古いドラマ」
「うん」
「なんだっけな……忘れちゃったけど…音楽はすべての芸術の上に立つって、そんなセリフが出てきたの」
「うん」
「別に重要な人の、重要なセリフじゃないんだけど。なんか、胸に染み付いてね」
「うん」
「あー、そうなんだー、いやそうかもなー、いや、そうだって、最近、思うようになった」
「どうして」
「ね、軽音部って楽しい?」
「うん?んー…中庸。」
「あは、なにそれ」
「俺、あんまり友達作れないんだよね」
「ふーん。ギターかっこいいのにね。」
「そう?サンキュー。」
「高校生にもなって上手く渡り歩けないのはどうしようもないね」
「ふっ、そうだね」
「でも放課後1人教室でギター弾いてる男って、いいね、絵になる」
「格好ぐらいつけたいし」
「ふふ………わたし君のギター聴いて」
「うん」
「あのドラマのセリフは本当だったんだって思ったの」
「……」
「素敵だ熱いなって思って」
「……お前は歌わないの?何か」
「歌ってあげようか?
ン〜〜♪ 友達もできない〜♪あわれな日々でも〜♪ギターがあればいい〜〜♪」
「おい、俺の歌じゃん、それ」
「即興、センスあるでしょ」
「なんか適当に弾くから、お前のこと歌ってよ」
「ええ?いいの?太っ腹じゃん」
「いいから、ほら」
「ええ〜〜… フーン♪フフンフーン♪……
毎日家に帰るだけ〜♪おんなじ道しか知らないけど〜♪ 嫌いじゃないよ♪そんなに〜♪」
「ふ、いいじゃん」
「さらさらしてる風とか〜♪刈られた田んぼとか〜あ、みるのが〜♪好きです〜♪」
「『好きです』」
「好きだから」
「お前の歌だな」
「伝わった?」
「100%」
「あはは」
TEL:遠距離 m
もしもし?ユキ?あ、今よくなかった?あ、良かった。バイト?なんだっけ。ああ、イタリアン。あ、あの写真のやつか。あそこお洒落だよな。って俺は思ったけど。あ〜、慣れちゃうか。だよな。
ん?俺?いや大学生だけど?はは。ああ、バイトね。 ん〜〜…まあ〜〜まだ〜〜考え中〜〜的な〜〜?それよ。…いやそれじゃない、お前、全国のバイトしてない大学生馬鹿にすんなって。…おい。俺も馬鹿にすんなって。
…………え、なに?ああ。あー、女子ね。お前とは違う、ジョシ、ね。あれ?あなたもジョシになられては…?はは。ああ、インスタ出来ないタイプの人でしたね。ん?どれ。え?あ〜と…あ、これか。え?何これ?俺こんな顔で写ってた?いや、笑い過ぎ…ちょ、アイコンにするなって。変えろって。おい〜〜もうお前……あ、いま何時?何分?あ、そろそろだわ、やべ。あ、休憩!が、終わるから!もうバス乗る!え?海老名SA。え?……知らん。俺も知らん。
うん、あと1時間くらいだと思うよ。まだ家にいるでしょ?え、早すぎるじゃん?…あ、そう?大丈夫?そう…。あ、なんかそっちで食うお菓子とか買おうと思ってんだけど?選んでいい?…え?あ、そっち?いいの?了解。…あー、俺は本気だぞって?あ、彼女に早く会わせないと撃つぞって?そうするわー。あ、じゃあ乗るわ。じゃね。後で。
…………愛してるよ。…いや、愛してるよって!あー!!いー!!全然聞こえてないんかよ。……なんでもない。ああ、うん、バイバイ。…
TEL:遠距離 f
はーい。うん。ん?ううん、ちょうど今帰ってきたところだから、へいき。え?そうバイト。イタリアンイタリアン。そう〜、前送ったとこね、覚えてんだ。あー、まあ結構お洒落かもね。いやもうバイトでずっと行ってたらさあ、そう、見慣れちゃうもん。わかんなくなってきたよ、ふふ
あれ?あんた今何やってんだっけ。…いやわかってるから。ていうか私もそうだから。そうじゃなくてバイト。やってないんだっけ?
あー、探し中ね、ハイハイ。後期から始めます〜ってやつね。こ〜うきから、はじめますぅ〜ってやつね。ふふふ、や、バカにしてない、あんた以外は。ええ?はいはい。ふふ…
…わー……え?いやいま写真みてて。クラス会の。グループにアルバム作ってくれてんじゃん、女子たちが。そ。ジョシが。ふ、え?いえいえわたしはもう、おこがましいですので…そんなタイプじゃないの知ってるでしょうが。そう。あねえ、何?この写真?あたしとあんたとやっきょんで写ってるやつ。あんたの顔ひどすぎない?目が、目が死んでんだけど、あはは!何回見てもおもしろいわ。好きこの写真、アイコンにしとくわ。ええ?飽きるまで変えない。ふ… え?何ぜんっぜん聞こえない。あ休憩終わり?いまどこ?あー、海老名ね。海老名って割と最近綺麗になったんだっけ。それ御殿場か。ん?わかんないや
じゃあ、あと1時間くらい?はいよ。うん?いやもう出る。待ってるね。適当に時間潰してるよ。うん。うん。いいよ。あ、いいよって、買ってこなくていいよって意味ね。うん、うん。早く着くように運転手脅しといて。そうそう、彼女に早く会わせんかいって。そうそう。うん。ん。はーい。んん?………………何言ってるか全然わからん。充電6パーしかないからもう切るよ?後でね。…ばいばい。
ばいばいの前に夢を
正夢はお皿を拭いて
「もうすっかり春ですね」
「え?」
「え?」
「9月」
「え?」
「今9月ですよ」
「え?今あたしなんて言ってました?」
「もうすっかり春ですねって」
「え?なんでそんなこと言ったんですか?」
「知りませんよ、君のことは君にしか」
「え〜、綺麗な言葉喋りますね」
「バカにしてるでしょ」
「そんなわけないじゃないですか!」
「春の話はどうなったんですか、俺それが気になってるのに」
「ええ〜…と…」
「…」
「…」
「………あの」
「あっ!あのね、あのですねえ」
「はい」
「こうやって隣り合わせでお皿拭いてるじゃないですか、今?」
「うん」
「いま私すんごい気まずくって、あ、ごめんなさい、時間が永遠のように思えたんですけどね」
「……はい」
「そしたらなんか、2人でお皿を拭いているうちに地球が何周もして季節が変わってるように思えてですね、そしたらもう、私達すんごく仲良くなってるような気になっちゃって、一緒に海行って、山行って、年越して、雪見て桜見たような、そんな気に。」
「…」
「そこで意識が戻ってきて、あ、なんか、言わなきゃって、思って、咄嗟に言葉発したんですけど、言葉だけ時空超えたまんまでした」
「へえ〜〜…」
「引きました?」
「引いてない」
「あれ?なんか優しいですね」
「俺と海行ってたの?」
「そう!あと山と、年越しと、雪と桜!」
「すんごい仲良いじゃん」
「そうですよ〜」
「ふーん…」
「行きます?」
「え?」
「え?いや海」
「に?」
「行かないんですか?」
「…………行く」
「じゃ、お皿拭き終わったら。」
近づく
「あ、待って…」
「うーん…ちょっと…案内板…」
「あそこにあるよ」
「あ、良かった…助かります」
「俺も高円寺来たことないんだよね〜〜 」
「ですよね〜〜、…。」
「…」
「うーん…」
「…」
「………この現在地ってアテになりますかね?」
「んん?なんじゃん?グーグルでしょ、グーグル。グーグルは大丈夫」
「なんでそんなグーグルに絶大な信頼寄せてるんすか?グーグルに親の仇でもうってもらったんすか」
「なにその発想、すごいなお前。いや逆にグーグル信頼してないのなんで?」
「俺、地図が好きなんで。手書きの地図が」
「手書きの地図」
「電子の地図は敵ですから、敵。」
「侵略者?」
「プレデターですよ」
「あー、…わかったわ〜〜。いやわかんないけど。わかったわ。」
「大体、なんで俺たちの現在地がわかるんですか、こんな小さい四角に」
「だから…あれ?だよ。ビーム。」
「ビーム?」
「ビーム?電波?GPSって何?」
「そのレベルの理解なのになんでビームっていったんすか」
「お前ツッコミキツイなさっきから」
「俺たちの現在地は俺たちだけのものですよね?」
「おお……そうだよ。俺たちの現在地は俺たちのものよ。」
「ここどこですか?」
「方向音痴じゃねえか。」
「右が南?み 繋がりで?」
「違うと思うわ。お前よくうちの大学入れたな」
「東西南北わかったところでどこにも行けないですよね。」
「俺の話全然きかないな、お前」
「きいてますよ。先輩マジ尊敬してるんで。」
「早く店見つけてくんない?」
「はい。こっちです。」
「本当に?」
「はい。俺たちの現在地はこれからです。」
「それなんか気に入ってるみたいだけど全然上手いこと言えてないからね?」
ふたりの社窓から
「一人でいるのは寂しいじゃないですか?」
「うん?うん。」
「だからわたしね、最近は家に帰れないんですよ。」
「えっ?帰ってないの?」
「うん、あのね、足が帰路につかないんですよ。そうしようとすると、フラフラ、ガクガク、しちゃうんですよ。」
「それは…ヤバいんじゃないの?」
「まあ、いまのは嘘なんですけど。家に帰りたくないのはほんとです。」
「はっ?嘘なの?なんでそんな何にもならない嘘つくの?」
「楽しいからです。」
「ああ…」
「ふっ、でもね、本当に帰らない日もあって、そういう時ってわたし、サイゼリヤの窓際の席でぶどうスカッシュ飲んで飲んで、MISIAとか聴いて、車とネオンと人間が波打ってるのを見てるんですけどね、そういう日って、誰しもあるし、あるべきだと思うんですよ。」
「そういう日?」
「うーん、なんていうか、世界を遠く感じる日です。」
「ああ…うん、なんとなく伝わる。」
「それがないと、」
「それがないと、」
「あ」
「あれ?わたしがいうことがわかりました?」
「うんと…それがないと、自分が消えちゃうから、いつか。じゃない?」
「うう〜〜ん、それがないと、わたしは日々を愛せない、がわたしの正解かな。」
「愛せない…」
「愛せないっていうのもちょっと違うんですけどね、わたしバカだから、言葉が探し出せないです。」
「…」
「わたしはね、パソコンのキーボードを叩くだけの昼間とか、中国人のしてるイヤホンから音漏れがする電車とか、酔っぱらった女の人と男の人が頑張って歩く横断歩道とか、そういうものを大事にしたいし、慈しみたいんです。 でも、わからなくなってしまうから。あんまり溢れてるものだから。だから、そんな日がないと、だめだとおもうんです。」
「…君は優しいなあ。」
「だからね、」
「うん?」
「一緒にごはん、食べにいきましょ。」